「降格」という言葉には、重さがあります。
役職が上がることは、前に進むこと。役職が下がることは、後ろに戻ること。私も、長いあいだ、そう考えていました。
けれど、ある時期の私は、役職を守ることと、自分を守ることが、同じ方向を向いていない場所に立っていました。
そこで私は、部長代理という立場を降りることを選びました。
この記事でお伝えしたいことは、ただ一つです。
役職より、自分の資質が活きる場所を選ぶ。
その分かれ目になったのは、ストレングスファインダーの結果を見て、自分を一歩引いた目線で見られたことでした。
自分は、収集心と戦略性が、すごく高いんだ。じゃあ、自分の特性って、ここなんじゃないか。
そう思えたことが、私にとってのターニングポイントだったと思うのです。
私は、電気通信業界で20年、現場から管理職・経営企画まで経験し、2024年に独立しました。
その途中で、部長代理から降格し、同じ会社の経営企画へ移りました。のちに課長へ戻り、そのあと、自分の会社をつくりました。
この話は、自己紹介の「歩み」にも書いています。あちらは、出来事を順に並べた記録です。
こちらでは、判断の中身を書きます。何から逃げ、なぜ逃げ、どこへ向かったのか。
そして、その選び方が、なぜこのサイトにつながっているのか。
- 役職を守る判断と、資質が活きる場所を選ぶ判断は、何が違うのか
- 一歩引いて自分を見ると、何が変わるのか
- 「文脈が違う」と伝えて、降格を選んだときに考えていたこと
- 譲れないものは、人によって違うということ
- 合う場所も、条件が変わると崩れるということ
- 降格を選ぶ前に確かめたいことと、選ばないほうがよい場合
- 明日ひとつだけやること
- 降格や退職を、おすすめする記事ではありません。
- 私ひとりの経験です。誰にでも当てはまるとは思っていません。
- 当てはまるのは、役割・資質・環境の組み合わせが近い場合だけだと思います。
- 勤め先や、一緒に働いた方々の名前、金額は書きません。出来事は、できるだけ具体的に書きます。
1. 役職が、自分の価値のように見えていた頃
通信の仕事に就いたとき、私は、自分から望んでその道を選んだわけではありませんでした。
音楽を諦めたあとの、現実的な選択だったと思います。
通信業の現場には、大きく分けて三つの役割があります。
施工管理。実際に作業をする現場の技術者。そして、通信回線の試験をする人。
私は、その中の「試験をする人」の道を選びました。
この業界には、現場至上主義の空気がありました。現場の経験がなければ、出世は難しい。
入社したばかりの私は、自分が冷遇されているように感じていました。
そこで私は、自分が尖らせることのできる領域を磨きました。Excelのスキル。管理業務。試験作業での正確さと、こだわり。
「この人にしかできないこと」という形で、自分の居場所をつくろうとしたのです。
その結果、約4,500回線の切替工事を無事故で終えるプロジェクトの、リーダーを任されました。
プロジェクトは成功し、表彰もいただきました。
そこから、施工管理のサポートを頼まれるようになり、信頼と実績を得て、管理職へと昇進していきます。
ここまでの私は、役職を「結果の証明」のように受け取っていたと思います。結果を出す。信頼される。役職が上がる。
この流れの中にいると、役職は、自分の価値を測る目盛りのように見えてきます。
ただ、管理職になったとき、私は、あることも痛感しました。
役職とは、責任を背負う立ち位置にすぎません。偉くなったわけではないし、人間性が自動的についてくるわけでもない。

役職を目盛りとして見る目と、立ち位置として見る目。この二つを、同じ頭の中に持てたことが、あとで効いてきます。
2. 「誰かの役に立てるなら」と引き受けた日
その後、私は、施工管理の業務に約5年ほど関わりました。
あるとき、勤めていた会社で、現場の幹部の辞職が相次ぎました。現場を管理する人がいなくなり、空白が生まれたのです。
そのとき私は、現場を統括する立場に置かれることになりました。
会社は、私が現場の経験を持っていないことを、理解したうえでの任命でした。それでも私は、葛藤し、悩みました。
最終的に引き受けた理由は、「誰かの役に立てるなら」という想いでした。
この理由を、いまの私は、間違っていたとは思いません。役に立ちたいという気持ちは、いまも私の中心にあるものです。
けれど、引き受けた仕事の中身は、重いものでした。
請求の管理。現場施工の段取り。トラブルへの対応。部下との面談。残業の管理。
それらすべてが、決められた時間の中で完遂されなければならない。
私は、現場を知らないまま、即断即決を求められる立場に立っていました。
現場の経験を持つ、もう一人の担当者が離れたあと、私は孤立しました。
休日も返上して、すべてを投げ打って、帳尻を合わせようとしていた時期でした。
私が得意にしてきたのは、数字やログや計画から、状況を見ることです。
一方で、その場所で求められていたのは、現場の経験の積み重ねが物を言う、その場の判断でした。
私にも、足りなかった面があったと思っています。
数字やログから見える合理的な提案を、現場の積み重ねや誇りを十分に理解しないまま、出してしまっていたかもしれません。
論理に寄りすぎて、相手の感情を、うまく扱えていなかった。そう振り返っています。
「現場を知らない私が悪かった」とも、「周りが分かってくれなかった」とも、書きたくありません。
どちらも、事実の半分しか言っていないからです。
言えるのは、こういうことです。役割と私の組み合わせが、うまく噛み合っていなかった。
そして、その噛み合わなさを、私は、自分の努力で埋め続けようとしていた。
3. レールの上で、私は逃げた
あの頃は、人生で最も辛い時期でした。
会社員には、レールがあります。役職が上がれば、その役職の仕事を引き受ける。引き受けたからには、やり遂げる。
私も、長いあいだ、そのレールの上を歩いてきました。
このまま進めば、自分の心と身体がもたなくなる。それは、自分でも分かっていました。
分かっていても、やらなければならない。レールの上にいるかぎり、そういう場面はあると思います。
私は、そこから逃げました。
いま振り返っても、「逃げた」という言い方が、いちばん正直だと思っています。立派な決断として語るつもりは、ありません。
私は、部長代理という立場から降りることを、会社に願い出ました。
そして、すでに限界を迎えていた心と身体を守るために、2か月の休養をいただきました。
休養のあいだ、転職も、起業も、何度も頭をよぎりました。
けれど、当時の私には、そのための準備も、踏み出すだけの気力も、残っていませんでした。
ただ、逃げたことには、理由がありました。
「つらいから」だけではなく、「ここは、私の使いどころではない」と、自分で言葉にできたからです。
その言葉をくれたのが、一歩引いて自分を見る目線でした。

4. 一歩引いて、自分を見た
ストレングスファインダーは、実は、それ以前にも受けたことがありました。
けれど、その結果を、自分の人生に活かそうと意識したのは、このときが初めてでした。
当時の私は、数えきれないほどの本を読み続けていました。心理学、行動経済学、自己啓発、アイデアの発想。
バラバラに見える知識のかけらを、なんとか自分の中に繋ぎとめようとしていたのだと思います。
そんなとき、結果に書かれていたのは、私自身が薄々感じていた資質でした。
| 順位 | 1回目 | 2回目 |
|---|---|---|
| 1 | 収集心 | 収集心 |
| 2 | 戦略性 | 戦略性 |
| 3 | 最上志向 | 活発性 |
| 4 | 未来志向 | 着想 |
| 5 | 分析思考 | 自我 |
| 6 | 適応性 | 分析思考 |
| 7 | 内省 | コミュニケーション |
| 8 | 規律性 | 最上志向 |
| 9 | 自己確信 | 内省 |
| 10 | 慎重さ | 共感性 |
後に、もう一度受けました。上位の2つは、1回目も2回目も、同じでした。
結果の画面は、自己紹介の「自己理解」に載せています。
自分は、収集心と戦略性が、すごく高いんだ。
そう分かったとき、私は、自分の外に一歩出て、自分を見ているような感覚になりました。
目の前の仕事の中にいると、「私は能力が足りないのか」としか考えられません。
一歩引くと、「私の特性は、ここなんじゃないか」と考えられる。問いの向きが、変わったのです。
結果を「答え」にしなかった
ここで、私が大事にしたことがあります。
ストレングスファインダーの結果を、「あなたに向いている仕事はこれです」という答えとして受け取らなかったことです。
私にとって、結果は、自分の傾向や、摩擦の起きやすいところを、外側から見るための材料の一つでした。
過去の実績や仕事の記録と並べて、自分の「取扱説明書」を書き直すように見直しました。
認識について、私は、こう考えています。多くの具体が、そこにあるだけでは、問題は解決しない。
具体が束ねられて、名前がつくとき、初めて「自分って、こうなんだ」と分かる。
果物でいえば、リンゴ、バナナ、メロンがあって、それを一言でまとめたとき、「果物」という名前がつく。
名前がつくから、扱えるようになります。自分についても同じです。
私にとっての具体は、ストレングスファインダーの結果だけではありませんでした。
- 音楽で、創る力があっても、届ける力が足りなかった悔しさ
- Excelに出会って、「自分にとって、数字は敵ではない」と気づいたこと
- 約4,500回線を、無事故で終えたこと
- 業務の流れを見直して、仕組みを変えたこと
- 読み続けてきた、数えきれない本
これらを束ねると、「集めて、整理して、構造にして、使える形にする人」という名前がつきました。

ストレングスファインダーの結果は、その名前に、うなずくための材料の一つだったのです。
名前がつくと、不安が減ります。何者か分からない自分は、不安です。
名前がつけば、合う場所と、合わない場所の見当がつく。見当がつけば、動けます。
5. 「文脈が違う。私の使いどころは、こっちです」
部長代理から降りるとき、私は、会社にこう伝えました。
そもそも、文脈が間違っていると思うのです。いまの配置は、適材適所ではありません。
私の使いどころは、こっちです。
そこでなら、仮に降格したとしても、結果は残せると思います。だから、私はそちらを選びます。
「こっち」とは、数字と構造で、全体を整える仕事のことでした。具体的には、同じ会社の経営企画です。
仕事に人を当てるのか、人に仕事を当てるのか
このとき、私が考えていたことを、ひとことで言うなら、こうなります。
人に仕事を当てるのか。仕事に人を当てるのか。
これは、私が考えた言葉ではありません。どこかで聞いた言葉です。
けれど、あのときの私の判断は、この問いそのものだったと思っています。
現場の幹部が抜けて、空いた席に私が座る。これは、仕事に人を当てた配置です。
空いた仕事があり、そこに人を埋める。会社としては、自然な動きだったと思います。
けれど、その人の資質が活きる仕事に、その人を置く。人に仕事を当てる、という考え方もあります。

どちらが正しい、という話ではありません。
ただ、仕事に人を当て続けると、当てられた側の向きと、仕事の向きが、ずれたままになることがある。
私は、そのずれの中にいました。
「結果は残せる」と言えた理由
降格してでも結果は残せる。そう言い切れたのは、気分ではありませんでした。
私が見ていたのは、過去の自分の動きです。
約4,500回線の切替。
対象の回線を全部洗い出し、それぞれの状態をExcelで整理しました。
全体の量と期限から、一日に進めるべき量を置き、日ごとの計画に分けていきました。
全体から、日々の作業へ。大きなものを、扱える大きさに切り分けたのです。
約30日かかっていた作業を、約7日に。
業務の流れと、Excelでの管理を見直して、約30日かかっていた作業を、約7日で終えられるようにしました。
生み出した時間は、概算で、約184時間です(私の概算で、実測ではありません)。
私が結果を出してきた場面は、振り返ると、どれも同じ形をしていました。
現場で人を動かし続けることではなく、数字と構造で、全体を整えること。
その形の仕事が、経営企画にはある。だから、そこでなら、もう一度結果を出せるかもしれない。そう考えたのです。
手放したもの
降格と、経営企画への異動は、同時に決まりました。
部長代理から、課長代理へ。役職が下がり、給料も下がりました。
失ったものは、確かにあります。肩書きと、周囲からの見え方と、収入の一部です。
それでも私は、役職より、自分の資質が活きる場所を選びました。
この経験は、柱の「文脈」のページにも、短く書いています。ここでは、その中身を、判断の面から書きました。
6. 譲れないものは、人によって違う
ここで、一つ、書いておきたいことがあります。
私の選択は、人によっては、「我慢が足りない人」に見えると思います。
役職を降りて、収入も下げて、それでも自分の向きを優先する。それを、わがままだと感じる人がいても、おかしくはありません。
『7つの習慣』でいえば、これは価値観の話だと思うのです。
仕事に重きを置いている人もいます。自分自身を大切にすることに、重きを置いている人もいます。
誰にでも、譲れないものがあります。その順番は、人によって違います。
私にとって譲れなかったのは、自分の資質が活きる場所で、誰かの役に立つことでした。
どちらが正しいか、ではないと思うのです。私には、ここが譲れなかった。それだけです。
そして、私の選択を「我慢が足りない」と見る人の目線も、一歩引けば、分かる気がします。
その人には、その人の譲れないものがある。立っている場所が違えば、同じ出来事も違って見えます。
7. 場所が変わると、同じ動きが強みになった
経営企画は、静かな場所でした。
責められることもなく、誰かの顔色を伺う必要もない。そして、そこには、数字と構造がありました。
私がかつて大切にしてきた、考える力を活かせる余白があったのです。
「ここなら、私はもう一度、結果を出せるかもしれない。」
そんな手応えを、私は初めて、静かに感じました。
それは、崩れかけた自分を、もう一度立て直すための、はじまりの感覚でもありました。
経営企画に移ってからの私は、予実管理表をつくり、部署ごとの数字を比べ、どこに無駄があり、何がボトルネックになっているのかを洗い出しました。
それまでの現場や管理職では、目の前の業務をどう最適化するか、という視点でしか動けませんでした。
経営企画という立場に変わって、会社全体の構造を俯瞰し、流れと課題をつかめるようになりました。
「全体を設計する」という感覚に、初めて触れたのです。
同じ人が、同じように、数字と構造を見ている。それなのに、場所が変わると、その動きが、「強み」として働くようになりました。

私の記憶では、異動したあと、残業は大きく減りました。
文脈とは、そういうことだと思います。
誰が優れているかを裁く物差しではなく、目的に対して、人と役割と場所が、どう噛み合っているかを見直すこと。
8. 降格は、後退だったのか
ここで、冒頭の問いに戻ります。降格は、後退だったのでしょうか。
少なくとも二つの意味が、混ざっていると思います。
一つは、「役職が下がった」という事実。
もう一つは、「だから自分の価値が下がった」という解釈。
事実としては、役職は下がりました。それは変わりません。
ただ、「だから自分の価値が下がった」という解釈は、事実とは別のものだと思うのです。
事実は動かせませんが、解釈は、もう一度見直せます。

外から見えたことと、中で起きていたことを、並べてみます。
| 外から見えたこと | 中で起きていたこと | |
|---|---|---|
| 降格 | 部長代理から、課長代理へ下がった | 守る対象を、役職から、力を出せる状態へ移した |
| 異動 | 現場の統括から、経営企画へ移った | 数字と構造で、全体を整える仕事に戻った |
| 休養 | 2か月、仕事を離れた | 限界を迎えていた心と身体を、守った |
外から見ると、三つとも「下がること」「離れること」に見えます。
のちに、私は課長に戻りました。組織の形が変わったこともあり、それが評価の結果だけだとは、言い切れません。
ただ、「降格しても、結果は残せる」と言ったことに、私なりに答えを出せたとは思っています。
だからといって、「降格は後退ではない」と、言い切りたくはありません。
失ったものはあります。後退に見える側面から、目をそらしたくはないのです。
私の考えは、こうです。
降格は、後退でもあり、配置の変更でもある。どちらとして使うかは、あとからの選び方で決まる。
私は、配置の変更として使えたと思っています。
9. 合う場所も、条件が変わると崩れる
ただ、話は、ここで終わりませんでした。
場所が合ったからといって、すべてが満たされたわけではありませんでした。どれだけ改善しても、「できて当たり前」という空気。
感謝されることも、評価されることもなく、まるで透明な存在のように扱われていく。
その静かな違和感が、少しずつ、私の中で大きくなりました。
場所を変えると、消耗は減ります。でも、場所を変えただけで、納得が手に入るとは限りません。
そして、社内で、再び人事異動の話が持ち上がります。
私は、静かに「考える」ことが許された経営企画から、再び、通信の「現場」という領域へ戻されることになりました。
過去の実績が評価された結果ではありました。けれど、私は、それを心から望んではいませんでした。
「会社のために」と自分に言い聞かせて、内心では反発しながら、「はい」と返事をしました。
選んだ異動と、選ばされた異動
経営企画への異動は、私が、自分から「使いどころはこっちです」と伝えて選んだものでした。
現場へ戻る異動は、会社から、決められたものでした。
どちらも、「場所が変わる」ことに違いはありません。けれど、納得感は、まったく違いました。
一つ目は、しんどくても、「自分で選んだ」という感覚が残りました。
二つ目は、「自分を裏切ってしまったのかもしれない」という感覚が残りました。
この差は、場所そのものではなく、選んだのが誰か、でした。
適合は、一時点のもの
経営企画に移ったことで、私は、一度は、自分に合う場所をつくれました。
けれど、その適合は、会社側の条件が変わったとき、続きませんでした。
自分の資質と、役割と、場所。この三つを合わせる判断は、大事です。
でも、その判断は、「いまの時点で合っている」という保証しかしません。
会社の事情や人員の都合は、私には決められないからです。

そしてもう一度、同じような配置の話が出たとき、私の目には、また文脈を見ない配置に見えました。
じゃあ、もういい。自分でやります。
そう決めました。
10. 場所を選ぶ人から、場所をつくる人へ
誰かに与えられた構造の中で生きるのではなく、自分の手で、人生の構造を設計する側に立とう。
そう考えて、私は、起業を決めました。誰のせいでもない、自分の選択として。
2024年7月9日、私は、株式会社サーバントウィズを立ち上げました。
何かが「始まった」というより、ようやく、自分の人生に「コンティニュー」と言えた瞬間でした。
選ぶ。選び直す。つくる。
降格から起業までを、判断の面から並べると、こうなります。
| 段階 | 選んだこと | 守ったもの |
|---|---|---|
| 降格 | 役職より、自分が活きる場所 | 力を出せる状態 |
| 異動 | 数字と構造を扱える経営企画 | 考える余白 |
| 起業 | 場所を自分でつくること | 納得して選べること |
役職を選ぶ人は、与えられた階段を登ります。
場所を選ぶ人は、いくつかある場所の中から、合うものを選びます。
場所をつくる人は、合う場所そのものを、自分で用意します。

三つとも、悪いわけではありません。
つくった場所は、うまくいかなかった
正直に書きます。
起業は、うまくいきませんでした。
失敗の原因は、準備不足でした。要因は、営業がうまくいかなかったこと。
根本は、自分の軸よりも、飛躍してしまったことだと思っています。
それでも、後悔はしていません。自分の人生に、納得もしました。
経営者という立場に立つと、見渡せる景色が、まったく違いました。
起業すると、全部の部署の仕事を、自分で担うことになります。「苦手だから」は、通用しません。
そうなって初めて、会社で、それぞれの部署で活躍してくれている人が、どれだけありがたい存在だったかが、身にしみました。
会社員のとき、私は、自分の使いどころを会社に伝えました。
社長になってみて、今度は、配置を決める側の景色も、少しだけ見えた気がします。
空いた席を、誰かで埋めなければならない。その事情も、いまなら分かるのです。
いまは、個人として、このサイトを運営しています。
役に立ちたい、は変わらなかった
現場を統括する立場を引き受けたとき、私の理由は、「誰かの役に立てるなら」でした。
降格を選んだときも、経営企画へ移ったときも、起業したときも、この動機は、変わっていないと思うのです。
変わったのは、どこで、どんな形で、役に立つかでした。
役職は手段の一つでした。手段の一つを手放しても、目的は手放していません。
11. なぜ、このサイトで、この話を書くのか
このサイトで、私がいちばん大切にしているのは、「自分も、相手も、一歩引いて見渡せる視点」です。
その言葉の始まりは、降格を選んだ日にあります。
一歩引いて自分を見たとき、私は、「能力が足りない」から「使いどころが違う」へ、問いを変えられました。
そして、社長という立場に立ってみて、今度は、相手の側から見える景色があることを知りました。
役職、評価、環境。それらが合わなくなると、人は、自分を責めがちです。
「能力がないのではないか」「やる気がないのではないか」と。
けれど、その中には、能力の問題ではなく、場所との噛み合わせの問題であるものが、少なくないと、私は考えています。
それを、頭で理解するだけでなく、自分の経験で確かめたのが、降格を選んだ日でした。
そして、大きく何かを稼ぐよりも、目の前の人の役に立てるような、小さな場所から入りたい。そう思っています。
降格を選んだのは、役職という大きな階段ではなく、小さくても自分に合う場所を選んだ、ということです。
このサイトを作ったのも、同じ形の選択だったと思います。

12. 降格を選ぶ前に、確かめたいこと
ここからは、私の話ではなく、あなたの話です。
役職や評価や環境が合わなくなって、揺れているとき。降格や、場所を変えることが、頭をよぎるとき。
決める前に、確かめておきたいことを、書いておきます。
降格は、何が怖いのか
まず、怖さを分けてみます。
| 怖さの種類 | 中身 | 確かめ方 |
|---|---|---|
| 外からの見え方 | 周囲に、どう思われるか | 実際に、誰が、何を言うかを具体的に思い浮かべる |
| 自分の中の物語 | 「降りたら負け」という思い込み | その物語は、誰から聞いたか。いつから持っているか |
| 実際の損失 | 暮らしや、仕事の中身が、どう変わるか | 書き出す。数字で見る。身近な人がいるなら、先に話す |
三つは、混ざって見えます。でも、別々の怖さです。そして、対処の仕方も、違います。
一つ目と二つ目は、考え方で軽くなることがあります。三つ目は、現実の確認が必要です。

確かめたい5つのこと
| 確かめること | 見るポイント | |
|---|---|---|
| 1 | 一時的なものか、構造的なものか | 繰り返し起きているか。期間は、どれくらいか |
| 2 | 役職を保ったまま、できることはないか | 業務の分け方。人の補強。権限の調整 |
| 3 | 行き先の仮説は、具体的か | そこで何をするか。誰の役に立つか。頭の中だけでなく、書けるか |
| 4 | 失うものを、書き出したか | 肩書き、暮らしの条件、人間関係。残るものも、あわせて |
| 5 | 戻れる道を、一つ置いたか | 小さく試す。期限をつける。元の役割に戻る余地を確認する |
私の場合、会社に伝えられたのは、3の「行き先」が、言葉になっていたからだと思います。
「私の使いどころは、こっちです」と言えたこと。それが、降りる理由と、向かう先を、一つにしてくれました。
選ばないほうがよい場合
降格や、場所を変えることを、おすすめしないときもあります。
追い詰められていて、いますぐ決めたくなっているとき。
選択肢が、実際より少なく見えているかもしれません。信頼できる人に一度話してからでも、遅くはないと思います。
「逃げたい」だけが理由のとき。
逃げたい気持ちは、大事な情報です。私も逃げました。
ただ、それだけでは行き先が決まりません。行き先の仮説が、空のままではないかを確かめてください。
相手が悪い、と決めたくなっているとき。
相手の問題と、自分との噛み合わせの問題は、別かもしれません。分けて見ると、動かせる部分が見えてきます。
場所を変えれば、すべて解決すると思っているとき。
場所が変わっても、自分は付いてきます。経営企画で、私が経験したとおりです。
私は、「降格は正しい選択だった」とは、書きません。私の場合は、いくつかの条件が重なっていた。それだけです。
あなたの条件がどうなのかは、あなたの側で確かめてほしいのです。
13. 役職と場所を分けて、書いてみる
最後に、小さなワークを一つ置いておきます。紙とペンで、15分ほどです。
役職と、場所を、頭の中で一緒にしていると、「降格=全部ダメ」に見えます。まず、分けて書きます。
手順
- この1週間の仕事を、10個書き出します。
- それぞれに、○(力が出た)、△(普通)、×(消耗した)をつけます。
- ○の仕事の共通点を、一文にします。
- ×の仕事の共通点を、一文にします。
- 3の一文を使って、「私の使いどころは、___です」と書きます。
例(作り話です。誰かの実話ではありません)
| 仕事 | 印 |
|---|---|
| 資料のデータを整理して、表にする | ○ |
| 会議で、その場の判断を求められる | × |
| 手順を見直して、短くする | ○ |
| 急なトラブルの対応 | × |
この例では、○の共通点は「整理して、構造にする」。×の共通点は「その場で、即答を求められる」です。
だから、「私の使いどころは、整理して構造にする仕事です」と書けます。

ここで見るのは、「自分には何ができないか」ではありません。「どんな条件のとき、力が出るか」です。
この一文があると、場所を選ぶとき、役職の名前ではなく、中身で比べられます。
「部長だから」「課長だから」ではなく、「整理して構造にする仕事が、どれだけあるか」で比べられるのです。
書いている私のことは、自己紹介にまとめています。
明日ひとつだけ
全部は、やらなくていいと思います。明日ひとつだけ、試してみてください。
明日の仕事の終わりに、今日いちばん力が出た10分と、いちばん消耗した10分を、一行ずつ書く。
それだけです。降格も、異動も、考えなくて構いません。
書いた二行を、数日分、並べてみる。それは、自分を一歩引いて見るための、最初の材料になると思うのです。
役職は、手段の一つです。目的は、あなたが力を出せて、誰かの役に立てる状態にあると、私は思っています。
その状態をつくる場所は、ひとつではありません。選ぶこともできますし、つくることもできます。
この記事が、あなたが一歩引いて自分の場所を見直す、小さなきっかけになればうれしいです。



