何かを決めようとして手が止まるとき、構造的フロネーシスの7つのレンズは、そこから一歩入るための見方です。
材料はそろっているのに、どこから考えればいいのか分からない。考え方の型をいくつも知っているのに、いざという場面で、どれを使えばいいのかが分からない。そういうことが、あるかもしれません。
この記事でお伝えしたいことは、ただ一つです。
7つのレンズは、順番に使う道具ではなく、場面の中で受け渡していく見方です。
全部を覚えてから使う必要は、ありません。いまの場面から一つ入って、迷ったら目的から。それで足ります。
- 構造的フロネーシスとは何か。7つのレンズは、どこから来たのか
- 7つのレンズの手前にある段(正解は言い切れない → だから、意味を創る)
- 7つのレンズを、名詞でなく身ぶりで持つやり方
- 7つのレンズの場面ごとの入口と受け渡し、迷ったときの戻り先
構造的フロネーシスとは?使っていた見方に、後から付けた名前
構造的フロネーシスは、最初から理論として組み立てたものではありません。
辛かったことを振り返り、自分を理解すれば何とかなる、と思って進んできました。けれど、本質は違いました。手元に残ったのは、答えではなく、捉え方です。
「手にした感覚は7つの捉え方だったのでそれをブログで書こうと企画を始めた。」
7つは、作る前から、もう使っていました。「私はこの7つを自然に言っているはずです。」 その7つを組み合わせたものが、構造的フロネーシスです。
降格を選んだ日の記事も、同じ形です。当時の私は、整った問いを並べて考えていたわけではありません。いま並べ直すと、目的・認識・比較・俯瞰のレンズで整理できる。そういう書き方をしました。
7つのレンズは、教科書の章立てではありません。使っていた見方に、あとから付けた名前です。だから、順番どおりに使うものでもありません。
7つのレンズの手前:正解は言い切れない、だから意味を創る
7つのレンズの手前に、もう一つ段があります。ここでは仮に、これを「起動の段」と呼びます。
言葉も、正しさの基準も、社会のルールも、誰かが定義し、みんなが長い時間をかけて解釈し、合意してきたものです。それが絶対の正解かどうかとは、別のものです。
人間はこうあるべきだと、言い切れる人はいません。「人間はこうでなければならない。こうあるべきものだっていうふうに言い切れる人って多分いないと思うんですよ。」
だから、どう生きるかは、自分で決めていい。「どうありたいかどうあるべきかどうどの範囲で自分がどう生きていきたいかっていうところってその人自身が決めることで」
「正解は言い切れない」と聞くと、何もかも意味がないように聞こえるかもしれません。向きは、その逆です。正解が決まっていないから、意味を自分で創れる。
そして、意味を創った時点で、行き先はもう生まれています。「私は意味を持たせたがるので、その時点で自然と目的が出ている。」
目的は、最初に旗のように掲げるものではありません。意味を創ったときに、もうできているものです。7つのレンズは、そこから動き出します。
7つのレンズの使い方:名詞でなく身ぶりで持つ
「定義とは何か」「俯瞰とは何か」と、名詞で覚えると、使う場面で取り出しにくくなります。
7つは、身ぶりで言い表せます。一行ずつにすると、こうなります。
- 目的:あの場所を目指そう、と指をさす
- 定義:これにしましょう、と一旦ここに落ち着く
- 文脈:その話が出来上がってきた過程をたどる
- 比較:同じものなのに、違う別のものとして並べてみる
- 俯瞰:ズームアップではなく、ズームアウトする
- 認識:進んでいった先で、これだと分かる
- 類推:同じ形をした、色が違うものを見つける
名詞は、覚えるもの。身ぶりは、やってみるもの。手が止まったときに思い出せるのは、身ぶりのほうです。
そして、7つは別々の道具ではありません。「物事の考え方の本質的な考え方って全部一緒でしょっていうことです。」
7つのレンズは、同じ一つの考え方を、7つの角度から見たものです。
7つのレンズのつなぎ方:場面ごとの入口と受け渡し
7つのレンズは、一つずつ順に使うものではありません。一つのレンズで見えたものを、次のレンズに渡します。
「自分は無知だと認識した上で俯瞰し何が上流かを考えそれを抽象化し転用することで汎用的な構造として活きる。」
この一文の中に、認識、俯瞰、行き先に近い「上流」、そして類推に近い「抽象化して転用する」が、続けて出てきます。受け渡しは、一文の中でも起きています。
| 受け渡し | 中で起きていること |
|---|---|
| 文脈 → 比較 | 前提をそろえてから、比べる |
| 定義 ⇄ 目的 | 何のためかが、言葉の決め方を決める |
| 比較 → 目的 | 優劣ではなく、目的や役割で選ぶ |
| 定義 → 類推 → 目的 | 置き換えてみて、目的に戻る |
| 目的 → 俯瞰 | 行き先から、全体を見渡す |
| 俯瞰 → 認識 | 全体を見たときに、気づく |
入口も、場面で変わります。何かを作るときは、定義や目的から。話がかみ合わないときは、文脈から。迷ったときは、目的から。ひと区切りついたときは、認識や類推、俯瞰から。
順番を覚えるより、いまの場面がどれかを見分けるほうが早い。7つのレンズの使い方は、そこから始まります。
迷ったときの構造的フロネーシス:目的に戻る
受け渡しを続けていると、ずれることがあります。
仕組みを作ることが、いつの間にか行き先になる。「仕組みそのものを作ることが目的になっている」
手段を磨いているうちに、手段が行き先になってしまう。ずれている最中は、たいてい、ずれていることに気づいていません。
気づくのは、外に出したあとです。「アウトプットをしないと気づけないことが多い。」
気づいたら、目的に戻ります。「そういう場合は目的に立ち返ると引き締まる。」 情報を集めるほど、判断の軸はあいまいになります。目的に戻ると、軸が一本に戻ります。
7つのうち、どこから入ってもいい。どこへ渡してもいい。ただ、迷ったときに戻る場所だけは、一つ決めておく。私にとって、それが目的です。
起動の段で意味を創ったときに、目的はもうできています。だから、戻る先は、最初からある。7つのレンズが場面ごとに入れ替わっても、ばらばらにならないのは、そのためだと思うのです。
一行の判断知
7つを順に使うのではなく、いまの場面から一つ入り、迷ったら目的に戻る。
読者に残す A4 一枚
枠の名前:7つのレンズの地図
- 欄1 7つの動き(一行ずつ)
- 目的/定義/文脈/比較/俯瞰/認識/類推 の7行。各行の右に空欄。
- 問い:このレンズを、自分の身ぶりで言うと、どうなるか。
- 欄2 いまの場面はどれか
- 作るとき/かみ合わないとき/迷ったとき/振り返るとき の4つに○を付ける。
- 問い:いま手が止まっているのは、どの場面か。そこから入るレンズはどれか。
- 欄3 受け渡し
- 入ったレンズ → 次に渡したレンズ → その次、の3つの枠。
- 問い:このレンズで見えたことを、次はどのレンズに渡すか。
- 欄4 戻る先
- 目的を1行で書く枠。
- 問い:これは、何のためにしているのか。
- 欄5 ずれの確かめ
- 問い:いま、手段が行き先になっていないか。外に出してみて、何に気づいたか。
明日ひとつだけやること
全部は、やらなくて構いません。明日ひとつだけ、試してみてください。
明日、手が止まった場面を一つだけ選んで、それが4つの場面のどれかに印を付け、その横に、目的を一行だけ書く。
それだけです。7つの名前は、覚えなくて構いません。
印と一行を、数日分並べてみる。どの場面で止まりやすいかが、少しずつ見えてくると思うのです。
この記事の線引き
7つのレンズは、学説ではありません。私が使ってきた見方に、あとから名前を付けたものです。
私ひとりの見方です。誰にでも当てはまるとは思っていません。考え方の癖や、使いやすい順番は、人ごとに違います。
「正解は言い切れない」は、何もかも意味がない、という話ではありません。だから意味を創れる、という話です。
心や体の不調についての話ではありません。医療の代わりになるものでもありません。
受け渡しや入口の話は、私の言葉を並べ直して見えたものです。頭の中で、本当にその順に考えているという証明ではありません。
最後に、一つだけ
いちばん手が止まりやすいのは、作るとき、かみ合わないとき、迷ったとき、振り返るとき。どの場面でしょうか。
ほかのレンズも、気になるところから読んでみてください。
- 目的とは?最初に掲げるものではなく、迷ったら戻る場所
- 定義とは?決めつけではなく、一旦ここに落ち着く仮説
- 文脈とは?反応する前に、その言葉が来た過程をたどること
- 類推とは?同じ形で、色が違うものを見つける考え方
- 俯瞰とは?「もう一人の自分」より「もう一人の相手」を作る
- 比較とは?優劣ではなく、前提をそろえること
- 認識とは?具体が束なって、名前がつくこと

