【比較】いくつかの案を比べ、選んだ理由を残す

構造的フロネーシスのテーマ「比較」を示すビジュアル

二つの案を比較して、「どちらがいいのだろう」と手が止まることがあります。

道具を選ぶとき。やり方を決めるとき。意見がぶつかったとき。比べているはずなのに、比べるほど決められなくなる。そんな場面が、あるかもしれません。

この記事でお伝えしたいことは、ただ一つです。

比較とは、優劣をつけることではなく、前提をそろえて、違いを見えるようにすること。

「どちらが上か」を決めようとすると、比較は苦しくなります。「何が違うか」を見ようとすると、比較は、選ぶための道具になります。

この記事で分かること

  • 比較すると苦しくなるときと、比較が手がかりになるときの違い
  • 比較の前に「前提をそろえる」とは、どういうことか
  • 比較と二元論(二つに分けて、どちらかに決めること)の違い
  • 比較した結果を、「選んだ理由」にするやり方
目次

1. 比較すると苦しくなるとき:上か下かで比べている

比べることで、しんどくなったことがあります。

曲を作っていた頃、よく知られたバンドの曲と自分の曲を並べて、なぜ自分の曲は悪いのだろう、と思いました。順位が上の曲より、下の曲のほうが悪い。その言い方が、一人の人生で考えたときに、本当に必要なのか。いまは、そこに疑問があります。

人と比較すると、疲れます。比べる層はいくらでもあって、きりがありません。

管理職のときも、上か下かで見ていた時期があります。私は電気通信業界で20年働き、管理職も経験しました。なりたての頃は、自分が偉くなった気になっていました。

管理職は、上か下かではありません。

「管理職って上か下かっていう話よりも、責任の所在がどこにあるかっていうところだと思っていて」

上か下かで比べると、比べるたびに、どちらかが下になります。下になった側は、苦しい。「責任がどこにあるか」で比べると、上下ではなく、置かれている場所の違いが見えてきます。

比べること自体は、悪くありません。何を物差しにして比べるかで、比較は、苦しさにも、手がかりにもなります。

2. 比較とは?前提と比べる軸をそろえること

比較とは、前提をそろえることです。

「比較とは、正しさを競うことではなく、前提をそろえること。」

前提がそろっていないまま比べると、比べているようで、別々のものを見ています。たとえば、条件の違う二人の結果を並べて「こちらが優れている」と言っても、それは、条件の違いを見ているだけかもしれません。

AIの答えに対して、私は、前提を変えて聞き直しました。

「では、前提を変えます。全員が同じ環境だったらどうしていますか?」

環境をそろえる。すると、違いが環境から来ているのか、中身から来ているのかを、分けて見られます。

もう一つ、そろえるものがあります。比べる軸です。

選択肢が多いほど、良い判断ができるとは限りません。私の場合、「比べる軸がないまま増えると、選べない理由が増えるだけだった。」。だから、比べる前に、何を優先するかを一つ置きます。

「比較は、答えを出すためではなく、違いを見えるようにするために使うものだと思う。」

答えを出すのは、比較のあとの仕事です。比較の仕事は、違いを、見える所に並べるところまで。軸が一つ決まっていれば、並べた違いを、そのまま選ぶ材料にできます。

3. 比較の落とし穴:同じ立場の人とだけ比べる

前提をそろえる範囲が狭すぎるのも、比較の落とし穴です。

「以前の私は、どうしても自分と同じ立場のレイヤーで比較していました。」

同じ立場の人の言うことには、共感しやすい。反対側の事情は、見えにくい。すると、話はすぐに感情の言い合いになります。

ある本を読んで、自分がどれだけ雑に比較していたかを知りました。突き付けられたのは、自分の比べる物差しが、思っていたほど当てにならない、ということでした。本来の比較は、自分がいまどの位置にいるかを確かめるためのものです。優劣をつけるためのものではありません。

いまは、同じ立場の人とだけ比べません。別の立場まで含めて、位置関係を見ています。ひとつの情報を鵜呑みにしない。ひとりの発言だけで結論を出さない。

そのために、あえて反対の声を探します。成功した話ばかり聞いていると、直観がそちらに引っ張られます。だから、あえて否定的な声も調べます。反対の意見と並べて、自分の先入観を外す。天秤のバランスを取る感覚です。

前提をそろえることと、立場を広げること。逆の動きに見えますが、どちらも「自分の物差しが偏っていないか」を確かめる動きだと思うのです。

4. 比較と二元論の違い:二つに分けて、どちらかに決めない

比較の話をすると、「AかBか」「白か黒か」を決める話に聞こえるかもしれません。

私が避けたいのは、そこです。

「二元論で喋るってこと自体を、やりたくないってことなんですよ。」

並べる二つは、対等に置きます。

二元論は、二つのうち片方を正しい、片方を間違いと分けます。比較は、二つを並べて、それぞれの役割と目的を見ます。似ていて、向きが違います。

対立は、正しいか間違いかの話ではありません。

「正義の反対は悪ではない。あるのは考え方の違いでどう尊重するか。」

対立して見える二つにも、それぞれの目的があり、それぞれの考えがあります。どちらが正しいかを先に決めると、その中身が見えなくなります。もちろん、悪いことを擁護する話ではありません。何が違うのかを、まず見る。それだけです。

ものをつくる場面でも、同じです。二つの記事の違いは、こうです。

「目的は一緒なんですけど、見せ方が違うって感じです。」

並べると、目的が同じで、見せ方だけが違う、と分かることがあります。それなら、どちらかを捨てなくていい。役割を分ければいいのです。

資質も、優劣ではなく向きです。どちらが上という話ではなく、向きが違う。比較は、その「向き」を見つける道具でもあります。

5. 比較のあとの選び方:目的の一行に結ぶ

並べて、違いが見えた。そのあと、どう選ぶか。

降格を考えたとき、私は、場所を変えたら何を失い、何が残るかを書き出しました。失うのは、肩書きと、周囲からの見え方。残るのは、私の中にある、使える力のほとんどでした。

あれは、勝ち負けの比較ではありませんでした。守りたいもの、つまり目的に照らして、二つを並べたのです。

比べると、自分がやりたいことが浮き彫りになります。比較の話は、自然と目的の話につながります。

正解を探すと、比較は終わりません。もっと良い案が、どこかにある気がしてくるからです。

「正解を求めれば辛くなる。納得を求めればラクになる。」

比べた結果を、目的の一行に結ぶ。「目的が〇〇だから、こちらを選ぶ」。そう書けたとき、選んだものは、正解ではなくても、納得になります。

一行の判断知

どちらが上かではなく、前提をそろえて何が違うかを並べ、目的の一行で選ぶ。

読者に残す A4 一枚

「比較」:読者に残す A4 一枚

ここからは、比べて迷ったときに、紙の上で使える形にします。

枠1 比較の前に(そろえる前提)

  • 何と何を比べますか。(A は___/B は___)
  • いちばん優先することを、一つだけ書くと何ですか。
  • そろえる条件は何ですか。(同じ環境・同じ期間・同じ目的、など)
  • 別の立場から見ると、どう見えますか。反対の意見を一つ書いてください。

枠2 並べる表

AB
同じ所
違う所
役割(何のためにあるか)

枠3 優劣の言葉を使わずに書く

  • 「上・下・勝ち・負け・正しい・間違い」を使わずに、二つの違いを一文で書くと、どうなりますか。

枠4 目的の一行

  • 「目的は___だから、___を選ぶ。」(または「役割を分けて、両方使う。」)

明日ひとつだけやること

全部は、やらなくていいと思います。

明日、迷っている二つ(道具でも、やり方でも)を一つだけ選び、紙の真ん中に縦線を引いて、左右に書く。そして、優劣の言葉を使わずに、「違う所」を一行だけ書く。

それだけです。どちらにするかは、まだ決めなくて構いません。

この記事の線引き

比べることを、やめようという記事ではありません。比べるものがあって、初めて、良いとも悪いとも認識できます。

何でも相対的で、良し悪しはない、という話でもありません。悪いことを擁護する話ではありません。

私ひとりの経験です。誰にでも当てはまるとは思っていません。比べ方を変えても、比べる苦しさが、すぐに消えるとは限りません。

最後に、一つだけ

いま比べているその二つは、同じ前提の上に並んでいるでしょうか。

ほかのレンズも、気になるところから読んでみてください。

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