同じ言葉で話しているのに、頭の中の定義が違っていて、話がかみ合わない。
あるいは、何かを作ろうとして、考えても考えても、決められない。
この記事は、そんな場面から始めます。
この記事でお伝えしたいことは、ただ一つです。
定義は、決めつけではなく、一旦ここに落ち着くための仮説です。
決めたら終わり、ではありません。決めたから、考え始められる。合わなければ、置き直せる。定義とは、そういうものです。
- 定義とは何か:話がかみ合わないとき、まず何をそろえるか
- 判断基準の定義:「考える」と「決める」は、何が違うのか
- 成功と失敗の定義:線を引くと、何が見えてくるか
- 定義を決めつけにしない置き方と、再定義で見え方が変わること
定義とは?考える前に、まず言葉の意味をそろえる
話がずれるとき、相手の考え方が違うのだと受け取りがちです。
けれど、その手前で、ずれていることがあります。言葉の中身です。
「同じ言葉を使っていても頭の中で指しているものが違えば話は少しずつずれていく。 考える前にまず意味を揃える。」
定義とは、まず、この意味をそろえることです。
たとえば、「早めに」という言葉。ある人にとっては今日中で、別の人にとっては今週中かもしれません。どちらも間違ってはいません。ただ、指しているものが違うまま話を進めると、少しずつ、ずれていきます。
ずれは、一度に大きく起きるのではありません。少しずつ積もります。だから、気づいたときには、どこからずれたのか分からなくなっています。
だから、考える前に、まず意味をそろえる。順番を一つ前に戻すだけです。
判断基準の定義:やること・やらないこと・捨てること
もう一つ、手が止まる場面があります。考えても、考えても、選べないときです。
選べないのは、考えが足りないからではありません。基準が決まっていないからです。
「いくら考えても判断基準がなければ選べない。 逆に基準が決まるとそれまで複雑に見えていたものが案外単純になることがあります。」
考えることは、材料を増やすこと。決めることは、材料を選ぶための線を引くことです。
線がないまま材料を増やすと、選べなくなります。材料が増えるほど、迷いは深くなります。基準が一つ決まると、複雑に見えていたものが、急に単純になります。
線は、「何をするか」だけではありません。
「やること、やらないこと、捨てること、それを定義して動くこと。」
やることを決めるのは、比較的やさしい。やらないことと、捨てることを決めるのは、少し勇気が要ります。三つそろって初めて、動ける形になります。
やることだけが並んでいると、どれも大事に見えて、手を付ける順番が決まりません。やらないことが決まると、残ったものの輪郭が、はっきりしてきます。
成功の定義を決めると、失敗も見えてくる
何かを終えたあとに、うまくいったのかどうか、分からないことがあります。
成功を、自分の言葉で、具体的にどの状態とまで言えるなら、それはもう目標になっています。言えないなら、こうです。
「漠然としているならば失敗も定義されていないことになる。」
成功が漠然としていると、うまくいったのかどうかが分からない。分からないので、次に何を直せばいいかも分かりません。
たとえば、「いい資料を作る」と決めたとします。何が「いい」のかが決まっていなければ、どこまで直しても終わりが見えないかもしれません。「会議で、三つのことが一度で伝わる」と置けば、伝わったかどうかで、成功と失敗の線が引けます。
成功を定義することは、失敗を定義することでもあります。
線は、結果だけで引くものでもありません。
作業を任せた相手から、決めた範囲の外に出てしまった、という報告を受けたことがあります。そのときの私の答えは、こうです。
「問題は見られて困ることがないことよりも、禁止した範囲を超えたってことの方が重要なんで、報告してくれたんだったらちゃんといいですよ。」
困ることが起きたかどうか、ではなく、決めた線を越えたかどうか。何を「問題」と呼ぶかを先に定義していたから、責めずに受け止められました。
結果だけで判断すると、たまたま困らなかったときに、線が少しずつゆるんでいきます。
定義は決めつけではなく仮説:一旦ここに落ち着く
ここまで読むと、定義は「固く決めるもの」に見えるかもしれません。
けれど、定義は仮説です。
「双方のコミュニケーションにおける位置確認として目的を使い、では、仮設として定義を使う。」
ここでの「仮設」は、仮説のことです。目的は、お互いの位置を確かめるために使う。定義は、話を進めるために、一旦ここに落ち着くために使う。目的と定義は、役目が違います。
そして、一つの定義は、一つの定義でしかありません。
「ある一つの正解ではないしある一つの定義でしかないんですよ。」
一つの定義でしかない。だから、別の定義もありえる。そう分かったうえで置けば、定義は、相手を縛るものではなくなるのだと思うのです。
正解も、同じです。
「世のなかに絶対的な正解は存在しないが、自分で定義したことで納得のいく正解は導き出すことは可能。」
絶対的な正解がないから、何でもいい、ではありません。だから、自分で定義して、納得のいく答えを出す。定義は、そのための足場です。
再定義とは?同じ出来事の見え方が変わる
一度置いた定義は、置き直せます。
「どう再定義し再解釈をするのか?それがいわゆる気づきであり学習であり、アイデアである。」
置き直すことが、気づきになります。
私にも、問いを置き直した時期があります。
会社員だった頃、私は、部長代理という立場から、自分で降格を申し出ました。あの頃は、人生で最も辛い時期でした。
そのとき、「私は能力が足りないのか」という問いを、「私の向きは、この役割と合っているのか」という問いに置き換えました。
問いの言葉を置き直すと、見えるものが変わりました。能力の不足なら、鍛えれば埋まるかもしれない。向きの違いなら、鍛え続けるほど消耗する。二つを見分けられるようになりました。
降格という出来事も、同じです。役職が下がったという事実は変わりません。けれど、「後退でもあり、配置の変更でもある」と置き直すと、その事実を、次の一手につなげられます。
事実は動かせません。けれど、その事実を何と呼ぶかは、自分で選び直せます。
名前も、定義です。
「自分の名前決めれるって定義するってことじゃないですか。」
名前を決める。言葉を決める。成功の線を決める。どれも、自分で定義するということです。そして、自分で定義したものは、自分で置き直せます。
一行の判断知
まず意味を、一旦ここに落ち着かせる。合わなければ、置き直せばいい。
読者に残す A4 一枚

紙を一枚用意して、4つの枠を書きます。
枠1 言葉の表
| 言葉 | 私の意味 | 相手の意味 | 一旦置く意味 |
|---|---|---|---|
| (いま使っている言葉を一つ) | この言葉で、私は何を指しているか | 相手は、何を指していそうか | 二人で、一旦どこに落ち着くか |
枠2 成功と失敗の線
- ここからが成功:どの状態になったら「うまくいった」と言えるか
- ここからが失敗:どの状態になったら「やり直す」と決めるか
- まだ決めていない所:線が引けていないのはどこか
枠3 3つの欄
- やること:今週、これだけはやる、は何か
- やらないこと:今週は手を付けない、は何か
- 捨てること:もう持たない、と決めるものは何か
枠4 置いた日と、見直す日
- 置いた日:この定義を置いたのはいつか
- 見直す日:いつ、もう一度見るか
- 見直すきっかけ:どんなことが起きたら、置き直すか
明日ひとつだけやること
全部は、やらなくていいと思います。明日ひとつだけ、試してみてください。
いま手を付けていることを一つ選び、「どうなったら成功か」を一行だけ書く。
それだけです。正しい一行でなくて構いません。一旦そこに落ち着いて、合わなければ、置き直せばいいのです。
この記事の線引き
辞書の定義や、言葉の正しい意味を決める記事ではありません。
自分の定義を、相手に押しつけるための記事でもありません。定義は、二人で一旦落ち着くための仮説として書いています。
私ひとりの経験です。誰にでも当てはまるとは思っていません。言葉のずれで困っているときや、決められずに手が止まっているときの、一つの見方として置いておきます。
いま、相手と同じ言葉を使いながら、違うものを指しているかもしれない言葉は、何でしょうか。
ほかのレンズも、気になるところから読んでみてください。
- 構造的フロネーシスとは?7つのレンズは順番でなく受け渡し
- 目的とは?最初に掲げるものではなく、迷ったら戻る場所
- 文脈とは?反応する前に、その言葉が来た過程をたどること
- 類推とは?同じ形で、色が違うものを見つける考え方
- 俯瞰とは?「もう一人の自分」より「もう一人の相手」を作る
- 比較とは?優劣ではなく、前提をそろえること
- 認識とは?具体が束なって、名前がつくこと

