【俯瞰】目の前の一件を、全体の流れへ戻す

構造的フロネーシスのテーマ「俯瞰」を示すビジュアル

細かいところを直しているのに、前に進まない。そんなときに私が使うのが、俯瞰です。

一つずつは、ちゃんとやっている。それなのに、どこで止まっているのかが分からない。私にも、そういうときがありました。

俯瞰は、一歩引いて、全体と、相手と、構造を見ることです。

ただ、私の俯瞰は、よく言われる「もう一人の自分」とは形が違います。私が作っているのは、「もう一人の相手」です。この記事では、その違いも含めて書きます。

この記事で分かること
  • 俯瞰とは何か:全体を並べると、止まっている所が見えてくる
  • 俯瞰の「もう一人の自分」と「もう一人の相手」の違い
  • メタ視点で終わらせず、「自分だったら?」へ戻す俯瞰のやり方
  • 時間で取る俯瞰:一晩寝かせて、距離を置くということ
目次

1. 俯瞰とは?全体を並べて、止まっている所を見つけること

細部で詰まっているとき、目の前の一件をいくら見つめても、原因は見えません。全体を並べると、見えてきます。

「全体俯瞰し可視化すれば問題は必ず見つかりボトルネックは露呈する。」

「必ず」と言い切るのは、全部を並べてみるまでは、どこが詰まっているのかが分からないからです。並べれば、詰まっている所は表に出てきます。

作業の様子を確かめたいときも、私は、中身より先に形を見ます。中身はいい。構造だけを見る。

「構造だけ見て、こういう状態で、ここが今こうしてますよっていうのが欲しいですね」

中身を読み込むと、一つひとつの良し悪しに目が行きます。形だけを並べると、どこに印を付ければいいかが見えます。

たとえば、資料を一枚ずつ直しているときは、どの一枚も「もう少し良くできる」ように見えるかもしれません。けれど、全部の枚数を並べて、どれが済み、どれが途中かだけを書くと、手を付けるべき一枚が、急にはっきりすることがあります。

AI に任せた作業の流れが、途中で止まったときも、そうでした。

「厳しくしたけど、厳しくしたところがずれてるから、結局、下流の方でそれがうまくできなくて」

止まったのは、下流です。けれど、理由は、上流の置き方にありました。目の前で止まっている所と、止まった理由のある所は、同じ場所とは限らないのだと思うのです。

会社員の頃、約4,500回線の切替工事では、まず対象の回線を全部洗い出し、状態を整理してから、日ごとの計画に分けていきました。俯瞰のレンズは、「目の前の一件を、全体の流れへ戻す」動きです。大きなものを、扱える大きさに切り分ける。その前に、一度、全体を並べる。俯瞰は、そこから始まります。

2. 俯瞰の「もう一人の自分」と「もう一人の相手」の違い

俯瞰というと、よく「もう一人の自分が、上から自分を見る」と言います。私も、人からそう教わりました。

構造的フロネーシスの説明でも、私は「もう一人の自分」という見え方を使っています。ほかの方には、それが一番分かりやすいからです。

けれど、私自身の実感は違います。

「もう一人の自分っていうよりかは、もう一人の相手の、を作り出す感じに近いかな。」

上から自分を見て、「こう言えばいい」と助言するのではありません。相手の側に、もう一人の相手を立てて、その人の次の一言を思い浮かべます。私の感覚では、未来を読んでいる感じです。

「入ってきた情報と背景とか文脈を見て、この人がこういうことを言うだろうなっていう想定で」

こう言ったら、こう返ってくる。想定と違う返事が来たら、一度立ち止まって、その背景に何があるのかを考える。ある程度の目星をつけて、それから、言い方を選びます。

並べると、こうなります。

よく言われる「もう一人の自分」私の実感
見る人上にいる自分相手の側に立てた、もう一人の相手
見るもの自分の言動相手の背景と、次の一言
出てくるもの助言想定(目星)

どちらが上、という話ではありません。客観的に見ている、という点では同じです。違うのは、主語です。「もう一人の自分」の主語は自分。私の俯瞰の主語は、相手です。

これは、相手を決めつけることとは違います。想定は、外れることもあります。外れたときに立ち止まれるように、先に一つ置いておく。そのくらいのものです。

3. メタ視点で終わらせない俯瞰:「自分だったら?」に戻る

一歩引いて見る、と聞くと、自分を切り離して、冷たく眺めることのように聞こえることがあります。私の俯瞰は、そうではありません。

悩んでいるときは、まず、一段上に出ます。

「今の悩みをメタ視点で別な自分から分析をしてみる。」

このとき私は、悩みを、目的・戦略・戦術・成果の段に分けて並べました。段に分けると、悩みのどこが、どの段の話なのかが見えます。

たとえば、成果が出ないことに悩んでいるとき、それが、やり方(戦術)の話なのか、そもそもの行き先(目的)の話なのかで、打つ手は変わるかもしれません。同じ「うまくいかない」でも、段が違えば、直す場所も違います。

ただ、上に出たままでは、判断になりません。

「自分だったら?と落とし込めたらメタ視点に辿りつくと思っています。」

他人の話を上から眺めるだけでは、まだ他人事です。「自分だったら?」と、一度、自分の場面に落とす。そこで初めて、メタ視点に辿りつきます。一段上の見方が、自分の手で使えるものになります。

生きづらさの話をしていたとき、私は、こう言い直しました。

「だから結局そうやって悩んでるの自分だよねっていう意味で言いたかったんです。」

全体を見渡したあとに残るのは、結局、そこで悩んでいる自分です。俯瞰は、自分から離れるためのものではありません。自分の立っている場所を、もう一度確かめるためのものです。

4. 時間で取る俯瞰:一晩寝かせて、距離を置く

一歩引くのは、場所だけではありません。時間の距離でも、引けます。

ある本を読んだあとに、私は、こう書きました。

「一晩寝かせる。少し距離を置く。」

私は、順算より逆算で考えるほうです。だから、寝かせることは、遠回りに見えます。けれど、実際は逆でした。寝かせるのは、完成を遅らせるためではありません。完成に近づく精度を上げるためです。

「熟成は遅さではなく準備であり、選別は削減ではなく精度です。」

その場で全体が見えないときは、少し置いて、あとから見直す。それも、俯瞰の一つです。考え方の距離感を整える、と言ってもいいです。

振り返ると、私は、何かを始めるときよりも、作業が止まったあとや、ひと区切りついたあとに、俯瞰を使っています。行き先が決まっていると、どこまで引けば全体が見えるかも決まります。

一行の判断知

詰まったら、全体を並べ、相手を一人立てて、最後に「自分だったら?」へ戻す。

読者に残す A4 一枚

「俯瞰」:読者に残す A4 一枚
  • 枠1 全体の図
  • いま関わっている部品を、全部書き出して並べる。
  • 抜けている部品は、ないか。
  • 枠2 止まっている所
  • 流れが止まっているのは、どこか。印を付ける。
  • 止まった理由は、そこにあるか。それとも、上流にあるか。
  • 枠3 別の人から見たら
  • この場面にいる相手は誰か。その人は、次に何と言いそうか。
  • そう言う背景には、何がありそうか。
  • 自分を、第三者として一行で書くと、どうなるか。
  • 枠4 自分だったら?
  • この話が、自分の場面だったら、何を変えるか。
  • 明日、試せる一手は何か。
  • 枠5 寝かせる日
  • 一晩置いて、もう一度この紙を見る日を書く。

明日ひとつだけやること

全部は、やらなくていいと思います。明日ひとつだけ、試してみてください。

手が止まった作業が一つあったら、その作業の前と後ろにある工程を、紙に一行ずつ書く。止まっている所と、理由がありそうな所に、それぞれ印を付ける。

それだけです。直すのは、そのあとで構いません。

この記事の線引き

  • 私ひとりの見方です。誰にでも当てはまるとは思っていません。
  • 「もう一人の相手」は、相手の気持ちを決めつけるためのものではありません。言い方を選ぶ前の、仮の想定です。
  • 俯瞰しすぎて、かえって動けなくなるときのことは、この記事では書いていません。
  • 人や組織の名前は書きません。

最後に、ひとつだけ。

最近、目の前で止まっていた所と、本当の理由があった所が、違っていたことはありますか。

ほかのレンズも、気になるところから読んでみてください。

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