本で読んで分かったつもりだったことが、自分で手を動かしたあとに、まったく違う認識に変わる。そんなときがあります。
モヤモヤしていたものが、書き出したり、話したりしているうちに、ふっと一つにつながる。
この記事では、その「分かった」が起きるときの形を書きます。7つのレンズのうち、認識のレンズの話です。
- 認識とは何か。「分からない」が不安になる理由
- 具体がそろっているのに、認識にならないときに足りないもの
- アウトプットと認識の関係:外に出したあとで気づく
- 認識と類推の違い。気づいたあとに戻る先
1. 認識の出発点:怖いのは出来事より「分からないこと」
不安の正体は、イメージできないことです。
「大抵の問題はイメージができないことにあり仮説よりもネガティブな想像を掻き立て反芻する。」
イメージできないものは、扱えません。扱えないから、頭の中で、悪いほうへ回り続ける。不安の大きさを決めているのは、出来事の大きさより、見えなさの大きさです。
AIに作業を頼んでいたとき、自分の知らない形で何かが進んでいるように見えて、強い違和感がありました。嫌だった理由は、はっきりしています。
「自分がわからないことをわからない状態で任せるっていうのが怖いから嫌だって話なんですよ。」
嫌だったのは、相手でも、起きたことそのものでもありません。分からないまま、という状態です。仕組みを図で説明してもらったあと、どこまでなら許せるのかを、自分の言葉で言えるようになりました。
認識のレンズは、この「見えなさ」を、見える形に変えるところから始まります。
2. 具体を集めるだけでは認識にならない:束ねる「箱」
では、材料を集めれば分かるのか。そうではありません。
「多くの具体が存在するだけでは、問題は解決しないと思ってるんですよ。」
リンゴ、バナナ、メロンが並んでいても、それだけでは、ただの三つです。一言でまとめて「果物」と名前がついたとき、初めて扱えるようになります。
自分のことも、同じです。資質の診断を2回受けて、上位の2つが変わらなかったとき、本質のところは変わらないのだと分かって、むしろ嬉しかった。その結果は、それだけで答えになったわけではありません。それまでの経験とあわせて束ねたときに、初めて、自分を表す名前になりました。
材料がそろっているのに、動けない日もありました。
「何かモヤモヤするなっと大量にあるタスクや言語化された具体的な事例が切り分けされているのに行動指針が定まらないと思ったら箱が用意されていなかったと気づいた。」
タスクも、事例も、もう手元にある。切り分けもできている。それでも、決まらない。欠けていたのは、材料ではなく、それらを入れて束ねる「箱」でした。
具体を集めることと、具体を束ねることは、別の作業です。集めるのは、量を増やす作業。束ねるのは、名前をつける作業です。量が増えるほど、箱がないと、かえって動けなくなります。
3. 認識のやり方:アウトプットしたあとで気づく
束ねる箱は、頭の中だけで考えていても、なかなか見つかりません。
「アウトプットをしないと気づけないことが多い。」
書いてみる。話してみる。作ってみる。外に出して、初めて、自分が何を分かっていなかったのかが見えてきます。
頭の中にあるうちは、つながっていないものまで、つながって見えます。紙に書くと、言葉と言葉のあいだに、穴が見える。人に話すと、自分でも説明できないところで、つまずく。その穴や、つまずいた所が、まだ束ねられていない場所です。
たとえば、企画を頭の中で組み立てているときは、もう全部そろっているように見えるかもしれません。けれど、一枚に書き出すと、つながっていない所が、すぐに見えてきます。
マーケティングでは、よく「絞れ」と言われます。その言葉は、聞いて知っていました。けれど、分かったのは、外に出してからでした。
「アウトプットをしてみてようやくその感覚を少しだけ理解できた感じがします。」
知っていることと、分かることは、違います。聞いて知っていた言葉が、自分の手を通ったあとで、ようやく自分の言葉になる。
もう一つ。手を広げていたものを、一つにまとめると決めたあとで、こんな言葉が出てきました。
「やり尽くした果てに、収束していくんだなっていうのが、なんとなく分かったかなっていうのが」
「なんとなく」です。はっきりした答えではありません。けれど、やり尽くさなければ、その「なんとなく」にも、たどり着けなかったと思うのです。
分かってから動くのではなく、動いたあとに分かる。認識は、そういう順番で起きることが多いのです。
4. 認識と類推の違い:「これだ」と名前がつく瞬間
止まっている原因を、図にして見せてもらったとき、思わず出た言葉がこれです。
「ああ、なるほどねって、そういうことねって。」
それまでにも、ばらばらの具体は見ていました。図で全体が見えたとき、止まっている原因が、すぐに分かりました。
ここでは、二つのレンズが重なっています。全体を見渡す俯瞰と、気づく認識です。全体が見えると、気づきが来る。
束ねたあとは、類推の出番です。
「それって何のパターンだろうねって言った時に、まさに類推思考、だと思ってるんですよ。」
束ねて名前をつけるのが、認識。その名前を、別の場面へ持っていけるかを見るのが、類推です。
ある動画で「届けることの設計」という考え方に出会ったとき、音楽で伝えたかったものや、Excelで整えてきたものが、一本の線につながっていきました。あれも、ばらばらの具体に名前がついた瞬間です。
5. 気づいたあとの認識:目的の一行に戻る
ただ、分かっただけでは、終わりません。
「ただ、不安が消えたから問題が解決するわけではない。行動できないから解決できないことの方が多い。」
名前がつくと、不安は減ります。けれど、それは、まだ入口です。気づいたことを、次の一手につなげて、初めて意味が出てきます。
たとえば、その場で即答を求められると力が出にくい、と気づいたとします。気づいただけでは、明日の会議は変わりません。けれど、前の日に要点を一枚にまとめておく、という一手なら、試せるかもしれません。気づきは、動かせる大きさの一手に変えたとき、働き始めます。
では、気づいたあと、どこへ戻るのか。「そもそも、何のためだったか」という目的の一行に戻します。気づきは、ずれていたことの発見であることが多いからです。
ずれは、あとからしか見えません。だから、あとから気づいて、戻ればいい。認識は、最初から正しく見るための力ではなく、進んだあとに見直すための力です。
一行の判断知
具体は、外に出して束ねたときに、初めて名前になる。名前がついたら、目的の一行に戻る。
読者に残す A4 一枚

題:外に出して、束ねて、戻る一枚
| 欄 | 欄の中の問い |
|---|---|
| ① 外に出したもの | 最近、頭の外に出したものは何ですか(書いた・話した・作った)。いつ、何を。 |
| ② 分かったこと(1行) | ①を一言でまとめると、何と呼べますか。「つまり、〜」で書く。 |
| ③ 分かる前と後で変わったこと | 前は何に見えていましたか。いまは、何に見えていますか。 |
| ④ 次に戻る先(目的の1行) | そもそも、何のためにやっていましたか。②を知ったいま、次の一手は何ですか。 |
明日ひとつだけやること
全部は、やらなくていいと思います。明日ひとつだけ、試してみてください。
いまモヤモヤしていることを一つ選んで、5分だけ、紙に書き出す。書き終えたら、いちばん下に「つまり、〜」と一行だけ足す。
うまくまとまらなくても、構いません。まとまらなかったことも、まだ箱がない、という手がかりになると思うのです。
この記事の線引き
- 私ひとりの経験です。誰にでも当てはまるとは思っていません。
- 気づきの起き方は、人によって違うと思います。書いて気づく人も、話して気づく人も、作って気づく人もいるはずです。
- ここで書いた不安は、日々の判断の中のモヤモヤのことです。心や体の不調の話ではありません。
- 出来事は、私が言葉にしてきた範囲だけを書いています。
最近、「やってみて、初めて分かった」ことは、何でしたか。
ほかのレンズも、気になるところから読んでみてください。
- 構造的フロネーシスとは?7つのレンズは順番でなく受け渡し
- 目的とは?最初に掲げるものではなく、迷ったら戻る場所
- 定義とは?決めつけではなく、一旦ここに落ち着く仮説
- 文脈とは?反応する前に、その言葉が来た過程をたどること
- 類推とは?同じ形で、色が違うものを見つける考え方
- 俯瞰とは?「もう一人の自分」より「もう一人の相手」を作る
- 比較とは?優劣ではなく、前提をそろえること

