3-2|自己理解は“足すほど不幸”になる。診断ツールが教えてくれない構造

あおい|自己理解の構造を問い直す

※本シリーズには、価値観や思考の前提を意図的に問い直す内容が含まれます。読み進める中で、違和感や引っかかりを覚える箇所があるかもしれません。その場合は、無理に読み進める必要はありません。コンテンツにおける意図についてはまとめ記事をご覧ください。

目次

3-2-1|自分を知ることは、本当に良いことだけなのか

自分を知ることは、良いことだとされています。強みを把握する。弱みを認める。自分に合った環境を選ぶ。それが賢い生き方だという常識があります。

確かに、思い当たるところはあります。ただ、自分を知ることと、自分をそれに固定することは、別の話です。

私も診断ツールをたくさん受けたことがあります。有名なものから無名なものまで様々、そうした自己理解的なツールの結果を見て、なるほどと思いました。自分の傾向が言語化されていました。しばらくはそれを使って動いていました。

ただ、あるとき気づきました。その結果が、行動の理由ではなく、行動しない理由になっていました。「私はこういう人間だから」という一文が、可能性を広げる道具ではなく、選択肢を閉じる言い訳になっていました。

自己理解は深まるほど精度が上がります。ただ、精度が上がるほど、その輪郭に固着するリスクがあります。そこに一つ、見落とされやすい構造があります。

3-2-1|あなたはどちらの立場で聞いていますか

しん

自分の強みがわかったら、それを活かす方向で動けばいい。診断結果を見て、自分に合う環境を選ぶ。受けてよかったと思ってる。

あおい

強みって、変わると思いますか。

しん

そんなに変わらないんじゃないかな。だからこそ強みなわけだし。

あおい

その強み、使いやすいですか。

しん

使いやすいよ。自分がわかってると判断しやすくなる。

あおい

ちなみに、好きなことは仕事にできましたか。

しん

……それは、また別の話じゃないかな。

あおい

そうですか。

しん

……。

ふたつの立場から見てきました。しんの主張にも、あおいの問いにも、それぞれの文脈があります。どちらが正しいかではなく、ふたつが重なったときに何が見えるか。ここで、自己理解と傾向の固定化を足し算という形で定義してみます。そこから浮かび上がる答えがあります。

3-2-2|理解が深まるほど、なぜ動けなくなるのか

3-2における部分を数式で表してみます。

自己理解と傾向の固定化を足すとラベルという天井になることを示した書道スタイルの数式画像
自分を知ることは出発点だ。それを確定事項にした瞬間に、理解は天井になる。

自己理解+傾向の固定化=ラベルという天井

自己理解は動的なものです。情報が増えれば変わります。経験が積まれれば更新されます。

ただ、それを確定事項として扱った瞬間に、理解はラベルになります。ラベルは整理の道具です。同時に、天井にもなります。

「私はこういう人間だから」という一文が、自分を説明するためではなく、動かない理由として機能し始めたとき。私はこう呼んでいます。ラベルという天井と。

3-2-3|ラベルは道具か、それとも天井か

自己理解を深めることと、自分を固定することは、同じ行為に見えて、向いている方向が逆です。

強みを知ることは出発点です。その強みが「私はこういう人間だ」という確定事項になった瞬間に、出発点は到達点になります。到達点に立った人間は、そこから先へ動く理由を持ちにくくなります。

好きなことと強みは、必ずしも一致しません。診断結果と人生の目的も、必ずしも一致しません。自己理解はそのズレを発見するための道具です。ズレを固定するためのものではありません。

私たちは自分を知るほど、自分という檻を精巧に作っているのではと、私は疑問に感じることがあります。

3-2-5|ラベルという天井と定義した回答についてお伺いします

あなたの自己理解は、可能性を広げるために使っていますか。それとも、言い訳に使っていますか。

足し算|常識破りのクリティカル・シンキング
この視点に至るために、どんな前提や知識を積み重ねてきたのかはこちら

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