手に入れたはずなのに、なぜか気持ちは軽くならない。 むしろ、管理することや、失わないように気を配ることが増え、余裕が減っていく感覚があります。
こうした状態を、私たちはよく「物が多すぎるから」「整理が苦手だから」と説明します。
けれど、ここで起きている問題は、量の多さや性格の話ではありません。 「所有」と「価値」が、同じものとして扱われていること。
それが、所有のバグです。
物を持つこと自体は、悪いことではありません。 けれど、本来の価値は「使われているか」「役割を果たしているか」という点にあります。
この区別がないまま所有を続けると、 役割を終えたものまで価値があるように感じられ、 手放せない「負担(負債)」へと変わっていきます。
ここで必要なのは、減らすことでも、無理に手放す決断でもありません。
「割り算」によって、「役割を持つ道具」と「役割を終えた執着」を静かに分けることです。
道具は道具として残し、執着は負債として棚上げする。
そう整理できたとき、 所有は安心を奪うものではなく、 生活を支えるための「手段」に戻っていきます。
目次
【結論】なぜ、モノを持つほど不自由になるのか?(構造の定義)

見出し3-1
見出し3-2
見出し3-3
見出し2-2
見出し3-4
見出し3-5
見出し3-6
見出し2-3
見出し3-7
見出し3-8
見出し3-9
見出し2-4
見出し3-10
見出し3-11
見出し3-12
まとめ
なぜ、手に入れても満たされないのだろう?
それは、「欲望」と「満足」の構造を取り違えているからかもしれません。
欲望は比較によって生まれ、満足は内省によって育つ。
「足るを知る」とは、欲望を抑えることではなく、
自分の基準を構造として再定義する行為です。
欲望の構造について考える
割り算|その生きづらさ、構造につき。
この生きづらさを、どんな要素に分けて捉えているのかはこちら
当ブログは、「自分や物事を一段上から捉えるメタ視点」を軸に記事を構成しています。
各記事は、この視点を育てることを目的として執筆しています。
コンセプトの詳細はこちら。

