1-3|承認のバグ|他人の評価を自分の価値として扱ってしまう構造

承認のバグ

褒められたときは安心できるのに、反応がなかっただけで、不安になる。 評価が下がったわけでも、否定されたわけでもないはずなのに、なぜか自分の価値まで揺らいでしまう。

こうした状態を、私たちはよく「承認欲求が強いから」「自信がないから」と説明します。

けれど、ここで起きている問題は、欲求の強さでも、性格でもありません。 「評価」と「価値」が、同じものとして扱われていること。

それが、承認のバグです。

評価とは、他人がつけた記号です。 一方で価値とは、役に立ったか、機能したか、何に使われたかという「結果」です。

この二つを分けずに考えると、 評価が下がるたびに価値まで下がったように感じ、安心はいつまでも外部に依存することになります。

ここで必要なのは、承認を求めないことでも、無理に自分を肯定し続けることでもありません。

「割り算」によって、「他人の評価」と「自分の価値」を静かに分けることです。

評価は評価として扱い、価値は価値として残す。

その仕分けができるだけで、 承認は人生の中心から外れ、必要以上に振り回されなくなります。

目次

【結論】なぜ、他人の評価がないと不安になるのか?(構造の定義)

図解:承認のバグの計算式。自己価値 ÷ 自分の基準 = 自信。余りは「他人の評価」として捨てる。
他人の評価を混ぜるから計算が狂います。自信とは、自分自身の基準だけで弾き出すものです。

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まとめ

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なぜ、同じ材料のカクテルでも、場所や状況によって値段がまったく違うのだろう?
それは、価格が「モノの機能」ではなく、「文脈の構造」によって決まるからです。

価格とは、価値を数字で表す言語。
人は“何を得るか”ではなく、“どんな物語を手に入れるか”にお金を払う。
だからこそ、価値を上げるとは、機能を足すことではなく、意味を設計することなのです。

文脈の構造について考える

割り算|その生きづらさ、構造につき。
この生きづらさを、どんな要素に分けて捉えているのかはこちら

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